2015年11月17日

『 続 輸血・献血の歴史、日本版 』

こんにちは。
院長の 献血の 続編です。

近代の科学的な輸血法が日本に入ってきたのは、1919年(大正8年)のことでした。1930年(昭和5年)ピストルで撃たれた浜口首相が東京駅での輸血処置で一命を取り留めた事件で、輸血は世間に広まりますが、血液を採取してそのまま輸血する「まくら元輸血」だったため、1948年(昭和23年)に東大病院で梅毒感染が発生するなど、大問題も起きます。その後、米国赤十字社の指導のもと1952年(昭和27年)日本赤十字社東京血液銀行業務所(現赤十字血液センター)が設立されて、日本の血液事業がはじまることとなります。
一方、民間の商業血液銀行も相前後して生まれました。戦後不況の下(無償である)献血ではなく売血(自分の血液を売る)人が少なくなく、中には習慣とする人もいました(なんと1カ月に70回以上も売血した人がいた)。このような血液は、赤血球が回復していなかったり肝炎などの副作用を招きがちで、俗に黄色い血とよばれ、患者は輸血を受けずに死を待つか、輸血を受けて肝炎になるかの選択を迫られるような状況がありました。1964年(昭和39年)ライシャワー駐日アメリカ大使が輸血により血清肝炎を発症したことを契機に、また、血液売買は人身売買であると売(買)血追放運動が各地で起こったことから、政府はこの年、輸血用血液は提供者のモラルが期待できる献血のみでまかなうと閣議決定し、5年後の1969年(昭和44年)に日本の売血は終息するにいたります。
ただ、民間血液銀行には、あらかじめ血液を預けておき、本人や家族などに輸血が必要となったときに払い戻しを受ける預血制度が存在していました。預血証書は他人に譲渡することができたこと、血液銀行から供血者に見舞金が支払われたことから、一部では売血的な行為も行われていました。また、公的にも、献血者に交付する献血手帳に「あなたやあなたのご家族が輸血を必要とされるとき、この手帳で輸血が受けられます」と表記されるなど、預血思想による献血液確保の推進がなされていました。こうした理念は、人道の精神と人類愛に根差す献血の基本理念に合致していないと社会的批判が高まり、真に社会的な献血をと、1971年(昭和48年)預血制度は廃止され、1982年(昭和57年)には献血手帳から血液供給欄が削除されました。(現在は本人確認と個人情報の確保に優れた献血カード)
このように、様々な紆余曲折を経て、今では、輸血が必要なときは誰でも安心して必要なだけ輸血を受けられるようになりました。その血液は、まさに献身の精神により提供された、清らかで尊い財産なのです。多くの国民の献血というボランティア精神のみで支えられているのです。

    長々と 読んでいただきありがとうございました。黒ハート

 フランス・パリで13日に起きた同時多発テロ事件で、大勢の人が 亡くなりました。たらーっ(汗) 普通に暮らしていた人達が 犠牲になるなんて・・・悲しいニュースでした。もうやだ〜(悲しい顔)

 そんな中で、『 けがをした人への輸血のための血液を提供しようと 市民による献血の動きが広がっています。』 という ニュースも 飛び込んできました。 
 
  何かできること!! みんなで考えているんですから、きっと いい方向に 世界が 向かってくれる事を 信じています。

 私も 歳末献血に 行ってきたい と 思っています。
posted by スタッフ at 22:20| Comment(0) | 日記